無職の職探し

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思い込みから解放されて就職

 

年齢と性別 30代前半女性
無職の期間 2年半
無職の前は 個人病院での事務作業

高校を卒業後、私は親戚の経営する病院に就職しました。

そこは閉鎖病棟のある精神病院でした。いわゆる縁故就職という形でそこに入った私は、働きながら介護士か事務の資格を取るということでいさせてもらったんです。

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患者の愚痴を聞いてあげた結果・・

病院の受付にはよく電話がかかってくるのですが、それは病院への問い合わせ電話ではなく、医者への愚痴自分の病状を長々と語るものがほとんどでした。

精神病院ということもあってかそういった患者さんが多く、手が空いているならまぁ適当に話を聞いてあげて、キリのいいところで切りなさいと指示を受けていました。ところが私はそういうことができず、つい真面目に聞いてしまっていたんです。

自分も影響されてしまいました

そしてもともと精神的に強くなかった私は、段々と病院や患者さんの雰囲気に飲まれておかしくなっていきました。『私は何の役にも立たないし、生きていても仕方ない』と強く思うようになりました。

仕事に行けなくなり、せっかく雇ってくれた親戚に申し訳ないと思いながらも家に引きこもるようになりました。自分が生きているのが申し訳なく、外に出ると人の目線が気になり、約2年半ほど家の中にいました。

親の態度も次第に厳しくなり、毎日怒鳴られて早く働けと言われるのが嫌になり、なんのあてもなく家を出ました。

とりあえず給料を貯める

家を出てすぐは場所を探すためにあちこちに行きましたが、そのうち人の目線が気にならなくなっている自分に気が付きました。

実家とはとても遠く離れた知らない土地にたどり着いたのですが、そこでは自分を知っている人が全くいないのだと思うと、不思議と行動力が湧いてきて住み込みの仕事を探してみようかと思ったのです。

私は、家族や親戚や友達の目が怖かったのかもしれません。
挫折した姿を見られたくなかっただけなのかもしれません。

最初は旅館の住み込みで働かせてもらい給料を貯めました。ある程度お金が貯まったところで、数年帰っていなかった実家に帰り、アパートの保証人になってもらうようお願いしました。

『思い込み』が自分自身を追い込んでいたのに気が付く

そこでようやく住所を実家から他県に移し、就職活動を始めました。

私は人の影響を受けやすいということを考慮して、工場での製造の仕事を探しました。2年半の空白期間がありましたが、正直にわけを話し、今現在は病院勤務をしていた頃よりずっと体力があるということをアピールしなんとか職につくことができました。

私には事務しか向いていないとか、役に立てないとか、そういう思い込みが自分自身を追いこんでいたと思います。工場では毎日同じ作業の繰り返しですが、私にはその繰り返し作業がすごく合っているように感じます。

病院をやめたときにはもう私の人生は終わりだと思いましたが、結果として今楽しく毎日を生きているので良かったと思っています。

公開日:
最終更新日:2015/07/24

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